昭和40年代の英語教室→中学英語→高校…英会話通信教材→結果発表\( ‘ω’)/

隠居した後、何しようかなぁ~なんてのんきなことを考える。

ちょっと前までは、ヤマハ音楽教室でピアノを習おう! あ、ヴァイオリンにしようかな。やっぱりボタニカルアートにしようかなぁ~とかね。

でも最近は「英語」の勉強をしようかなって。

子どものころ近所で自転車に乗ってる西洋人?を見てかっこいいーって思った私は、生まれつきの西洋かぶれ?だったのかもしれません。何せ幼稚園の頃からですからね( ゚∀゚)アハハ そんな私が英語が話せるようになりたい!って思うのも当然の成り行きだと思うんだけれど、最大の問題は引っ込み思案。ある程度大人になるまで人と話すのは緊張するし不得意、日本人に対してがそうなのだから、外国の人となると想像しただけでも石になる。なので白人系西洋の人の見た目は好きだけど、海外へ行きたいなんて思うこともなかった。

小学生のころ通っていたピアノ教室では英語教室も開かれていて週一でピアノと英語の両方の教室に通っていた。しかし親がお金をかけてくれた割にはどうなのよ?考えてみると親的には家にいられるよりどっか行っててほしかっただけなのかもしれない。まぁ、子どものころから西洋かぶれで白人、英語がかっこいいと思っていたので英語教室は苦ではなかった。中学で英語の授業が始まった時、すでに1年生程度の英語の知識はあった。しかしです、その後は英語も含めて勉強することを放棄した子ども時代だったので、アホォーのまま高校まで行ってしまう。けどやっぱり西洋かぶれのまま「英語」は絶対習得してやる!と息巻いて、通信教材を大量に購入した。

そして、英語習得のためのノウハウ本も何冊か読んでいる。必ず書かれていることは、

「なぜ英語(英会話)を習得したいのか?目的をしっかり持つこと」

海外へ行きたいとか、外国の人と英語で話したいからとか、英語を使った仕事をしたいとかね、いろいろあるでしょう。私はコレのどれにも当てはまらない。目的が曖昧過ぎた。白人の見た目が好きとか英語が話せたらかっこいいとか程度の意識だった。私にとってこれは英語の勉強に身が入るほどの目的にはならなかったということ。

今振り返って考えてみると、中学3年、高校3年、この「ほとんどの日本人が受ける英語の授業の目的」は何なのでしょうか? ほとんどの日本人が日本で生まれて日本で育ち日本で働き日本語だけで生活していくここ日本での「英語の授業」。

ほとんどの日本人が英語がわからなくても、英語が話せなくても生活上何ら困らないわけですね。だったら日本語や日本の歴史の授業をもっと増やしたらよろしいんではないかなぁ~とかね、だって日本人だものね。

ということで、私の英語レベルは、57歳にしていまだ中学生レベルで止まったままだ。

とはいうものの、懲りずに「英語の勉強」がしたいのであります。もっと英文を読みたいのです。英会話は使い道がないとはっきりしたので、読むことを中心に少しずつ勉強して、英語のwikiとか読めるようになりたい。Quoraの英語を読めるようになりたい。

必要は学びの母

今更ながら、これ本当に大切ね。

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